2015/09/19

いろいろ起こった9月の日本:たわいもない雑感

9月もあっというまに前半戦が通り過ぎた。 既存の状況に大きな変化が起こったり、新しい展開が始まったり、いろいろな事が同時多発的に起きた結果プノンペンに妙に長くいる事になったり(バッタンバンに3日しか行けず)、相当面倒な事が起こりすぎて逆に面白可笑しく感じてきたり、とまあ個人的にはかなり濃厚な半月だった。。 まあいろいろあるけれど、新たな局面を面白可笑しく乗り切る所存である。 
・・・具体的に書けない事柄の感想しか述べてないふわっとした感じの冒頭で恐縮です。

で、ここしばらく毎月のように短期出張に来ている日本に今もまた滞在中だが、こっちもこっちでいろいろな事が起きているようだ。

今月前半戦だけで、熊本の阿蘇山は噴火するわ(今年に入って桜島、箱根山、蔵王山、口永良部島など、日本全国至る所で噴火や火山活性化が多発している気が・・)、50年に1度の歴史的豪雨で津波みたいな川の氾濫は起きるわ、東京湾を震源地とした震度5弱の地震は起きるわ、チリの大地震のせいで津波が来るかもと身構えざるを得ないわ、、天災や自然災害がほとんどないカンボジアに慣れきった感覚から眺めると、ホントえらい所に国があるものだ、と感心するばかりである。


今年6月にプノンペンの某居酒屋で見たDVD「日本沈没」。2006年の映画(主演:草薙剛&柴崎コウ)で当時はあまり世間にササらなかったらしいが、、今見ると日本在住者ならきっとビビるはず。。

とまあそんな激動(?)の日本にいるせいか、何やら変な夢を見た昨夜。 
とても可笑しな夢だったので忘れないように、半月以上アップしてない本ブログに備忘録を。

ちなみに今回は表題の通り、カンボジア情報とは全く関係ないたわいもない夢の個人的備忘録なので、カンボジア情報のみご興味持って頂いている方々におかれましてはご遠慮なく読み飛ばして頂けますと幸いです。

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とある町内で一番の腕っぷしを誇る不動の番長、剛田武(通称ジャイアン)は、ある時弱いくせに生意気にもたて突いてきた骨川スネ夫に腹を立て、ちょっとやり過ぎなくらいにやっつけてしまいました。
特にスネ夫に大けがを負わせてしまったゲンコツ2発は、それ以降広く町内外でも「子供のケンカでゲンコツはタブー」との不文律が生まれるきっかけとなりました。

それでも当時不動の番長となったばかりのジャイアンは謝るなんて事はしません。 
それどころか、大けがを負ってしまったスネ夫に対して謝る代わりにこう言いました。

「これからはオレがお前を守ってやる。お前は今後誰に何をされても、絶対に何の手も出すな。オレが代わりに戦ってやる。オレがやられそうになってもお前の助けはいらない。お前は何があっても誰とも絶対にケンカしないと誓え。」

当然ジャイアンにはその後のいろいろな思惑もあり、別に謝罪の意味でこう言ったわけではありません。 一方傷だらけのスネ夫は素直にそれを誓いました。


・・・・それから何十年か過ぎました。

スネ夫はジャイアンとの約束を守り続け、ケガも回復して元気になりました。
誰に何をされようが一切ケンカはしない(できない)一方、ジャイアンが常にバックにいてくれて、しかも実家が一気にお金持ちになった事も手伝って、町内外でかなり幅を利かせるようになりました。

町内外の誰もが「スネ夫に手を出したらジャイアンが黙っちゃいない」という事を知っているので誰もスネ夫に手を出せません。 だからスネ夫は誰からもカツアゲやイジメを受けることないお金持ち坊ちゃんとして悠々と日々を過ごしていました。

でもジャイアンの心の中には次第に不満がたまってきていました。
(スネ夫に何かあったらオレが守ってあげないといけない。でもスネ夫はオレを助けないでいい。 町外のヤツラとケンカがあっても、あいつは仲間にお菓子を配ってくれるくらいでケンカには加わらない。 最近スネ夫の家の近くも小うるさくなってきてるし、これってやっぱりズルいよな。。)

最近、スネ夫の家にすぐ近い隣町では、周とか金とかいう輩が偉そうにしているそうで、こちらの町内にチョコチョコとちょっかいを出してきているという噂もあります。 
そんな事が家の近くで起きているのに「自分はケンカには加われない」といい気になってるスネ夫に次第に腹が立ってきました。

とはいえ「何があってもオレが守るから、何があっても絶対ケンカはするな」とスネ夫に誓わせたのは他でもないジャイアン自身です。
ジャイアンは、番長として自分で言い出した事を曲げるわけにもいかず、何十年も前のスネ夫との約束を悶々と守り続けていました。

とはいえ我慢も限界に近づいたジャイアンは、何かにつけてスネ夫に対して「そろそろケンカに参加しないとみっともないしズルいぞ」と言外の圧力をかけてくるようになりました。スネ夫もさすがに「そろそろヤバいかも。。」と感じ、とうとう骨川家での家族会議にかける事にしました。

骨川家での家族会議はモメにモメて、とうとう親類・縁者も巻き込む騒ぎになりました。
「男子たるもの、自分を守るために自分で戦えないでどうする!」(父)
「ケンカは絶対にしない、というこの子の姿勢は学校の先生方やクラスのみんなにも評判良いのよ」(母)
「剛田さんとこの武君が守ってくれるんでしょ、昔ひどい事されたお返しでもあるみたいだし、そのまま守ってもらえばいいじゃないの」(叔母)
「守ってくれる友達が困ってる時には、やっぱり助けに行かないとよくないんじゃないか」(伯父)
話はいっこうにまとまりません。

でとうとう深夜を過ぎて、みんなが疲れきった頃、一家の長であるお父さんが男気ある伯父さんの意見も汲み取り、スネ夫にこう告げました。
「やはりこれからは友達が困っているときは助けに行きなさい。 取っ組み合いのケンカになったら、、友達も自分も守らないとな。」

翌朝、スネ夫は町内一頭が良い出来杉君にこの話を伝えました。 出来杉君は「そうか・・がんばってね」と一言だけ伝えました。

出来杉君は、野比さんの家に居候している未来から来た猫型ロボットとお茶を飲んでるときに、ふとこの話を思い出し、ロボットに少し話ししました。
出来杉君:「・・・・もったいないよね。」
ロボット:「・・・・そうだね。」
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ここで目が覚めました今朝。 
カンボジアでは今日は土曜日半ドン、気を取り直して現地メンバーみんなとのメールやLINEの業務やりとりを開始した今日の午前中でした。 
おわり。


2015/08/31

カンボジア不動産購入 ≒ 未公開ベンチャー企業投資?

気がついたらもう8月最終日。 カンボジアで事業始めて以降、毎年(かつ年々強く)感じる事だが、月日の経つスピードの速さが尋常ではない。

そういえばカンボジアで事業を始めた(定款登記等を済ませ会社として正式に事業スタートさせた)のが2008年9月1日なので、今日で丸7年が経過。 明日から8年目に突入である。

カンボジア事業を始める前に勤めていた職場には、ちょうど丸7年在籍していた。

創業期から参画していた会社だったが、創業初期の頃に創業者オーナーいわく
「この会社は事業家になるための士官学校みたいなもので、7年で卒業して事業家になるべし!」
的な事をおっしゃっていた事を、参画当時の新人の頃はまさか自分事と意識はしなかったが、何となく覚えてはいた。

で、独立しようと思った時期がちょうど7年経つ頃だったこともあり、意図的に退社日と入社日の日付けを合わせてピッタリ7年在籍という形を整えた。 
前職丸7年の次に人生で長くやった事といえば小学生(丸6年間)である。 

で、本日とうとうカンボジア事業期間 = 前職在籍期間となり、明日からは「人生で一番長くやっている事はカンボジア事業です」と言わざるを得ない言える事になる。

まだ何も成し遂げていないのでめでたくも何ともないが、まあ個人的には何かの節目である。 人生で一番時間を使っているカンボジア事業、きっちり形にしていく所存である。


さてそんなどうでも良い所信表明的な小ネタはさておき、今日のお題は 自称 絶賛経済成長中の新興国カンボジアで諸方面の意味合いでいよいよ盛り上がりを見せてきているナウな不動産界隈について。


プノンペン未来都市を目指して絶賛開発中(自称)ダイヤモンドアイランドに建設予定の「リヴィエラ(D.I.Riviea)」。開発業者は現地大手OCIC。
どこかで見たようなビルの風貌・・って、そもそもホントに建つのか?(私見)w


筆者は不動産界隈には全くのド素人なのであまりタッチしていないが、とはいえカンボジアで事業をする=何事にせよド素人スタート的にならざるを得ない、という側面があるのもまた事実である(他国での玄人的経験が活かせない不測の事態が常時乱発するからw)。
だから、むしろスラムダンク的に「XXかぶれの常識はオレには通用しねえ、シロートだからよ!」的な気概で、常識論を問わず進めた方が結果いい事があったりもする。

筆者もカンボジアで農業始めた時は(というか今も・・)当然全くのシロートだったわけだし、それが曲がりなりにも丸7年(明日から8年)なんとかやっていると、不思議と人に何か言えるものが残ってきたりする。 
で、そのうち(オレはカンボジアの農業王になる!)などと、どこぞのゴム人間海賊的な妄想をこそっと心の中だけでつぶやくようになったりもする。


それはさておき、諸々盛り上がってるらしいカンボジア不動産ってどんなもんなんだろう、、とチョット界隈をのぞいてみると、いろいろ香ばしい諸々が起っていて何やら楽しそうである。 で、誰が誰をどうした云々というゴシップの方ではなく、投資スキーム的な方で「あれどこかで見たような。。」と感じる話を見つけた。 

コンドミニアム(日本的に言うとマンション)の部屋など分譲物件を購入する際の”プレビルド方式”と呼ばれるお金の投入方法である。
(カンボジアだけでなくタイ、マレーシアなど東南アジアではけっこう一般的らしい)


日本の不動産投資開発会社クリードグループによる高級コンドミニアム「ボダイジュ・レジデンス(Bodaiju Residense)」、最近公表されたばかり。 
日系だとやはり「完成するまでキッチリやりきるだろうな」と思ってしまうw



もうよくご存知の方々も多いと思うが、要はまだ未完成(というかまだ建設予定、ビルド(Build)の前だからプレビルド)の物件を、図面とショールームだけの段階で売り出す形で、買う人はその建設進捗に合わせてお金を段階的に払って行く、という方式である。 完成予定日まで3年だとすれば、3年間にわたって分割で購入資金を払って行くスタイルだ。

当然まだ建物が出来てもないわけだから、見栄え良いショールーム通りに本当に出来るのか(そもそも建物が本当に建つのか?w)、などリスクも高い。 なのでその分、完成予定価格より大きく割り引かれて販売される。


ボダイジュ・レジデンスのショールーム。 日系による開発だけに、ほぼこの通りに出来上がるのだろうという心象が強い。日本的に言えば当然の話、、ではあるが、東南アジアでそれが出来るのは相当な強み。


で、買った人(というか買う契約をした人)は、その”買う権利”自体を途中で売買もできる。 つまり最後まで支払いを済ます前に、建設がある程度進んで価格が上がってきた段階で他人にその権利を売り渡して、その時点までの値上がり益を享受する事もできるわけだ。

で、完成に近づけば近づくほど値段は高くなり、完成直前ともなると買う権利を持っている人は完成時点の大きな値上がりを期待して売らなくなり、完成後に大きく売買が行われる。
完成後に買った人は、そこからの家賃収入などの固定収入(インカムゲイン)を期待し、さらに物件価格の上昇(キャピタルゲイン)にも期待する。


・・・・これって筆者が丸7年在籍した前職の本業(の一つ)であったベンチャー企業未公開株式投資とえらくそっくり(本質的には全く同じ?)じゃないだろうか。 

未完成のコンドミニアムは当然部屋ごとの登記もなく法的には所有できる対象ではないので、存在する会社の株式と違って契約書ベースの”買う権利”しかない事になるが、まあベンチャー企業の”新株予約権”(要はコールオプション)を分割払いで買っているのと本質的にはほぼ変わらない。

自称有望なベンチャー企業が、事業計画等で「立派な上場企業になります」と宣伝し、リスクテイクする投資家がまだまだ会社が赤ん坊な頃(会社の価値がまだ小さい=株式が割安)から投資をする。 
当然会社が上場できない(つぶれる、もしくはリビングデッド化する)=投資回収できないリスクもあるが、その分割安な株価で投資を仕込む事ができる。

で、会社が大きくなるにつれて追加投資も必要となるが、投資家は途中途中追加で投資も重ねつつ、ある程度の規模に成長したら他の投資家に売却してExitも可能である。

で、会社がうまく成長して上場が見ててくると、IPO値上がりを期待して上場直後に売り払う(IPO Exitする)投資家もいれば、より長期成長を期待して(配当など)持ち続ける投資家もいる(当然更なる株価上昇も期待している)。


大型高級コンドミニアム「The Bridge(ザ・ブリッジ)」、規模がかなり大きい。 開発業者はシンガポール系。デベロッパー(開発業者)の国籍と完成リスクが相関してしまうように感じるのは筆者の愚考的な私見w


・・・全く同じとは言い過ぎかもしれないが、本質的な性格面では極めて類似している。
ということは、投資判断の時の見極めるべきポイントはベンチャー企業投資とほぼ変わらない、はずである。

不動産界隈には全く素人な筆者だが、ベンチャー企業投資はそれこそ丸7年やっていたので、何かしら言えるものは残っている(たぶん)。 


カンボジア初の高層ビル建設としてプノンペンど真ん中に「ゴールデンタワー42(Golden Tower42」の建設が始まったのはもう10年近く前か。 2009年10月に開発業者の資金が詰まって建設ストップ、以来ずっと吹きさらしのままもう6年が経過。
このようにビルド(建設完成)に至らないケースも。 さて開発業者の国籍は・・・。 


未公開ベンチャー投資の視点で香ばしいカンボジア不動産界隈を眺めてみると、意外と何か更に面白いものが見えてきそうな。。。気もする。

まあ、8年目に突入する本業を当然ながらメインに据えつつ、余興程度に眺めてみよう・・・かなw







2015/08/09

もし警官の給料が罰金歩合制になったら?:カンボジアでは来年から。。

異常猛暑な日本から一転、すっかり快適なカンボジアの気候にすっかり馴染んだ今日この頃。

とはいえ本格雨期に突入しているので、夕方あたりにザッと来るスコールのせいでうっかり道路が一時的に激流の河のようになったりするが、たった数分間の都バス待ち時間の間だけで命の危険を感じてしまうあの東京の炎天下に比べれば、まあ十二分に許容範囲内の出来事である。 やはり涼しいのはいい事だ。

さて思考力も奪われる事のない快適なカンボジアの気候の中で、日本滞在中のように氾濫する情報強制流入byマスメディアに惑わされることなく、改めてカンボジアに関する最近の時事情報などを眺めてみると、やはりいろいろと気になる事が起っているようである。


今回何となく気に留まった時事ネタは、来年2016年頭から実施される「交通違反の罰金の70%が正式に警察官の懐に入りますよ」という新制度。

現地報道紙プノンペンポストにも「Traffic cops personally pocket 70% of the fines they give out・・・」と書いてあるから、まあ「懐に入ります」というニュアンスで下々に伝わっている事は間違いないと思われる。

ちなみに残りの30%については、25%が管轄警察署の備品・消耗品予算に組み込まれ、5%が経済財政省への上納金、とご丁寧にアガリの配分先までリリースされている。


プノンペン市内の目抜き通り(モニボン通り)にはほぼ全ての交差点の角(信号を超えた側)に警察官が潜んでいる配置されている。 
まさに路上の釣り人(Fisherman on the road)。


更にちなみに遡る事2014年頭から、カンボジア税務総局は税務調査により発覚・徴収した追徴課税・重加算税等の課徴金の10%を担当税務調査官に「インセンティブ」として配分していると公式に発表している。 現地報道を見る限り、これも完全な歩合制である。

国家権力を象徴する2大強制執行機関といっても過言ではない、集金装置としての徴税機関と暴力装置としての警察機関。 
その権力を背景に国民・住民に対して物理的強制執行手段を持つ役職員が、その権力行使の結果(による違反の摘発)に応じた成功(?)報酬を受け取る制度。 

強制的に徴収された課徴金・罰金が直接的に公務員の歩合制給料原資として配分される、、という公式制度は、もしかしたら世界で他に類を見ないのではないだろうか?

ほんの少しググってみたが、似たような制度の情報はネット上では見受けられなかった(調査不足だったらすみません)。


いつどう計ったのかわからないスピード違反で罰金とられた際に渡されたレシート。 カンボジアの公的機関から頂いた初めての領収書(的なもの)として記念撮影。 ちなみに金額は10,000クメールリエル(≒ 2.5米ドル ≒ 312円)
両面ともに記念撮影。 さっぱり読めないが、スピード違反の行にチェックマークされているらしい。


当然日本でも、警察官の人事評価には犯罪や違反の検挙率が反映されるし、税務調査官の昇進には増差(税務調査で見つかった申告漏れ所得)実績の大きさが大きく影響するとも言われる。

が、これはあくまで犯罪や違反を摘発した実績が間接的に人事に反映されるだけであって、その実績が直接給料に歩合的に反映されるわけではない(はずだ)。

自国の証券取引所の基本取引通貨を外貨(米ドル)にしてみようとしたり、など意外と大胆かつ壮大な社会実験をあっさり敢行してしまうクセがある我らが小国カンボジアだが、今回のこの制度も実はその類に属するものと捉えられても不思議じゃない話なんじゃないだろうか。。。 
(実はこの歩合制公務員給与の方式を既に取り入れている国は結構あります、、という事実があれば、ぜひ教えてくださいませ <(_ _;)>)


まあ制度自体の是非はさておき、実際の運用にあたってこの新制度に果たして実効性があるのかどうか、、は、担当役職員が従来慣行と新制度の各々に基づいて強制徴収した課徴金・罰金を処理した場合の(本人の懐に入る)収入期待値の比較検討次第かと考えられる。

絶賛発展中の後進開発途上国カンボジアでは従来、税務調査官であろうが交通警察官であろうが、税務調査や交通取り締まりで カタギ 違反者から 召し上げた 徴収した 見かじめ料 課徴金・罰金を、ほぼ100%自らの懐に入れていた(当然、仲間内の配分やボスへの上納分も含めて)、はずだ。

その状況に対し、新たなルールとして課徴金・罰金を正規に国庫に納めたらその一部(税務署は10%、交通警察は70%)を正規報酬として各担当役職員にキックバックします、とのお達しが御上からあった。

後ろめたいけど100%ゲット(ただし配分あり) or 公明正大に10%-70%ゲット。 さて彼らはどちらを採るだろう。


現地報道紙プノンペンポストより拝借した生々しい「路上の釣り」ヒットの瞬間 交通違反取り締まり現場。
取り立てたシノギ 罰金をさあどうする?


まあそういうルールができた以上、ある程度の シノギ、いや釣果、いや業績は御上に報告しないといけないだろうし、懐に入る金額の単純比較だけで決めるわけには行かないだろうが、まあ取り立てた分を報告用・非報告用に適当に配分していく感じになるんだろうか。。

さすがに御上もその実態をある程度把握しているから、かどうかわからないが、今回の交通警察の新ルールには、上記に加えてさらに困った制度改正を織り込んでくるつもりらしい、、というのが実は現地報道紙で一番気になったところである。

先ほど引用した「Traffic cops personally pocket 70% of the fines they give out・・・」には文章の続きがある。 全文を以下コピペすると;

「Traffic cops personally pocket 70% of the fines they give out from January 2016 onwards, when the country's new traffic law is implemented and penalties will rise five-fold.

地元で運転するカタギの身として最も気になるのはこの rise five-foldである。 日本出身だとあまり馴染みのない英語の言い回しだが、筆者のつたない英語力だと、どうも罰金が5倍になる、としか読めない。

親分から子分に対する「見かじめ料を5倍にしてやるから、取り分70%でも元々の3.5倍だろ」という理屈なのかどうかは定かではないが、、、何にせよ来年から諸々5倍になりそうは気配だけは漂っている。。。

居心地良かったカンボジアがますます世知辛くなっていく、、途上国の発展のとある一側面には違いない。

なお、筆者はカンボジアの自動車免許を正式に取得しているので、気をつけるべきはスピード違反、標識違反、シートベルト付け忘れ、ライト等の整備不良、飲酒運転、交通事故、くらいのはずであるw

と、そういえばそろそろ免許更新しないと。 毎年更新にも関わらずまた1.5ヶ月くらいかかるのだろうか。。1年間のうち1.5ヶ月免許が手元にない、という状況もこれまた改善してほしいプチストレス要因であるinカンボジア (==#)



2015/08/02

天才数学者より早かった日本の"最強"安保戦略(※カンボジアとは無関係w)

いつもより長めの東京出張も終盤戦。 今回は本当に日本の酷暑を散々体験させて頂いた。 カンボジアも3、4、5月あたりは確かにかなり暑いが、乾季(から雨期の頭)という事もあって基本カラッとした気候の暑さであり、この日本の高湿度でジトッと重めの暑さに比べればだいぶラクな気がする。 

週明けにはプノンペンに戻る予定だが、あっちはあっちで雨期に入ってもしばらく降らなかった雨が昨日いきなり一気に降り出したらしく、市内はいたる所で大洪水になっている模様。 とりあえずプノンペン自宅が無事である事を祈るのみである。


久しぶりに日本に丸一週間以上いるが、この国にいるといつも感じる「情報が勝手にどんどん脳内に流入してくる感」にもこれまた久しぶりに長く浸かっている。 
この情報の類が、自分で選んだものではなくマスメディアに選別されたものであるのが不快感の元なわけだが、だったらテレビも雑誌も電車の中吊り広告も見なければいいじゃないか、という理屈はごもっとも。 プノンペンでは自宅でテレビをつける事などほぼ皆無だが、なぜ日本にいるとつけてしまうのか。。自分で自分が謎である。

で、まあ上記に関係ないこともないのだが、一週間離れているカンボジアとは少なくとも全く関係ない今日のお話。


2ヶ月ちょっと前の事になるが、高名な米国数学者ジョン・ナッシュ氏がニュージャージー州で交通事故で亡くなった(2015年5月)。 
奥様と同乗されていたタクシーの衝突事故によるもので、ご夫妻ともに亡くなられたとの事。 ご冥福をお祈りいたします。

一般的にはアカデミー賞(作品賞)受賞作となった米映画「ビューティフル・ライフ」(2001年)でその半生が描かれた事で知られるが、その名を轟かせたのは今や経済学に限らず社会学や生物学など幅広い分野で応用されている「ゲーム理論」の礎を築いた業績だろう。

協力するか裏切るかお互いに分からない複数のプレイヤーが参加しているゲームで、お互いが相手の出方を考えながら選択する出方が均衡するポイント(出方の組み合わせ)があることを立証(「ナッシュ均衡」という)。 

共犯の容疑で捕まった犯罪者2人が別々に取り調べを受けたとして、お互い黙秘していれば短期に釈放される事はお互いに分かっているのに、結局お互い自白して長期禁固刑となってしまう事を論理的に証明した「囚人のジレンマ」は、「お互い最もハッピーになるとわかっている行動を採れず、論理的にアンハッピーとなる行動を選択してしまう」事の立証となり、「市場参加者は常に最も経済合理的(=最もハッピーな状況となるよう)に行動する」というそれまでの経済学の大前提に対する強烈なカウンターパンチとなった。


この考え方は今や個人間や会社vs会社などの組織間、ひいては国家間の交渉事の戦略策定の基礎になっていて、昨今EUあたりと瀬戸際交渉しているギリシャ財務相はゲーム理論の専門家であるらしい。

で、この「相手が協力してくるか裏切ってくるか分からない状況」でその相手と何回も取引(ゲーム)をする場合、果たしてどういう作戦を取るのが最も賢いのか。

この「いつ裏切るか分からない相手との付き合い方」こそゲーム理論の学者達が最重要命題として研究してきたテーマであったが(たぶん)、実はこれには既に解が出ている。

世界の学者達が協力して、いろんな作戦を繰り出す参加者を集めたコンピュータ上の総当たりバトルを開催。 どの作戦(裏切りor協力の組み合わせ)が最も高い勝率を誇るか実験した(らしい)。

結果的に、最も(圧倒的に)高い勝率を誇った作戦は、極めてシンプルなものだった。

1. 最初は協力
2. 次からは、相手が前回にとった作戦(協力or裏切り)をやりかえす。

Tit for tat(しっぺ返し)作戦と言われる上記の作戦は、最初は相手が誰であれ協力し、相手が協力すればそのまま協力、相手が裏切ったら次は裏切り、その相手が反省して協力してきたらまた協力する、というとても単純な作戦で、結局これが最も高い勝率を誇る作戦となった。


実社会には経験則的にこの作戦が適用されているケースがよく見られる。

分かりやすい事例としては反社会勢力等とも呼ばれる組織の行動様式と言われる。
小説で読んだ程度のレベルしか知らないが、彼らはどこかの事務所で喧嘩を売られると、面子を維持する意味もあって徹底的に反撃し、それが繰り返されると抗争に発展する。 両組織のトップは抗争まで発展する手間段階での「手打ち」を模索。 最初に喧嘩をうった側が(お互いの面子を保ちつつ)何らかお詫びを入れて「手打ち」となったら、そこで反撃はストップする(作戦上、協力関係に戻る)。


この論理的な知見を国家関係に適用するとどうなるか。 いつ裏切るか分からない他国とどうつき合うか、いま日本で話題の安全保障にこと知見を応用すると、最強の安全保障戦略は以下のようになる(はずだ)。

1. 最初に攻撃しない(平和主義)
2. 攻撃を受けた場合、徹底的に反撃(専守防衛)
3. 相手が攻撃をやめたら、反撃を停止(専守防衛)


故ジョン・ナッシュ氏が初めて「非協力型ゲーム理論」の論文を起こしたのはプリンストン大学在学中の1949年で、博士号を取得したのはその翌年。  その業績が讃えられノーベル経済学賞を受賞したのは1994年である。

武力行使の放棄と交戦権の否認を宣言した日本国憲法の施行は1947年5月3日。 学生であった故ジョン・ナッシュ氏が論文を提出する2年前である。

図ってか図らずか、戦後日本が採った安全保障戦略は「経済学的には最強」であったことが、時を経てアメリカが生んだ至高の天才とその跡を次ぐ学者達によって立証されたわけである。 


・・・・この酷暑のなか、戦後70年だの安保法制が云々だの、という日本のニュース情報強制流入に脳が侵されてこんなアップになってしまいましたが、カンボジアに戻ったら平常通りに戻ります。。
<(_ _;)>













2015/07/26

誰も教えてくれない「いったん飛行機降ります」にご用心:プノンペン→(?)→ハノイ

久しぶりに体感中、日本の夏の酷暑in東京。 暑い。。。

ジトッと重苦しい感じで暑い。強い日差しが肌を焼くような暑さはないが、地味にジワッと嫌な汗がにじんで来ながら次第に思考力が奪われていく感じ。 

この7、8月あたりの日本の真夏の暑さは他国に比べてもちょっと異質の酷さな気がする。 カンボジアの方が今の時期は明らかに快適だし、ドバイや香港あたりで駐在していた知人もこの時期の日本よりは各々現地の方がラクと言っていた。
 
あまり外回り仕事を詰め込みたくない時節である事は間違いないが、今回の出張は通常より長めな10日間。。。スーツ着て都内を動き回る週明けを今は想像しない事にする。


さて今回は、昨日日本入りした際に初めて利用した「プノンペン→ハノイ→成田」という乗り継ぎ便で、ハノイ到着前に初体験したラオス首都ビエンチャン空港での「一時降機」について備忘録。 
エアコンがあまり好きでなく、生暖かい空気を扇風機にかき回してもらってはいるものの、思考力が順調に奪われ中な東京自宅での投稿なので、まあウダっと書ける軽めな話題をw

ちなみに飛行機の「搭乗」の反対語にあたるのが「降機」らしい。
日本語的には本来「乗機」⇄「降機」が対語関係にあって、むしろ「搭乗」より「乗機」が正しい(?)らしいのだが、飛行機業界で「搭乗=飛行機に乗る」という使い方が長い事使われた結果一般化した、、らしい。 細かい日本語勉強になる事がたまにあるのもブログの良い効果である、と思う。


今回利用した便はベトナム航空で、以下が発着スケジュール。
プノンペン17:50発 → ハノイ21:00着
ハノイ翌00:25発 → 成田07:35着 (すべて現地時間)

同じベトナム航空のホーチミン経由便で似たようなルートがあるが、出発時間がハノイ経由に比べてだいぶ遅くなる。
プノンペン20:30発 → ホーチミン21:15着
ホーチミン翌00:15発 → 成田08:00着 (すべて現地時間)



で、上段のハノイ経由便で、実は「隠れ一時降機@ビエンチャン」が入っているわけだが、

プノンペン17:50発 →(ビエンチャン一時降機)→ ハノイ21:00着

この一時降機が航空会社から普通に発行される旅程(アイティネラリー)にもチケットにも全く記載されていない(はずだ)。


ということで今回一時降機させて頂いたラオス首都ビエンチャン空港。
筆者にとっても実は初のラオス入り(?)w

海外慣れしている方々であれば問題なくスルーするだろうけど、海外にも英語にも不慣れな方であれば相当アセるだろうな、、と思われる。

てっきりハノイで乗り継ぎだと思って構えていたら、聞いていた半分くらいの時間で着陸して、どこだかわからない場所に下ろされる。 不慣れな方の中で「ビエンチャン」という地名を聞いてすぐ「あ、隣国ラオスの首都ね」とピンと来る方はおそらくかなり少ないはずだ。


一時降機とはいえしっかりセキュリティゲートは通る。なおこのゲートは日本からの寄贈らしいw

しかも30分も経たないうちにすぐに出発。 ラオス語(たぶん)と英語で搭乗アナウンスされるが、右も左も分からずオロオロする中でこのあっさりアナウンスを聞き取るのはかなり難儀かと思われる。


ビエンチャン空港搭乗ゲートエリア。 海外旅行不慣れな方がいきなりここに下ろされたら「ここはどこ?」状態になることは必須(たぶん)

今回筆者は(滞在30分くらいであることも含め)事前に分かっていたので、売店を探してサクッと現地ビールを楽しめるくらいの余裕はあったが、それでもかなり時間はタイトであったという印象。


ラオスのビール「ビアラオ」。筆者は知人オススメのGoldラベルを♪ 米ドルが使えて価格は4米ドル。 
なお、お手洗いまで済ませようと思うとゆっくりと飲む時間はない

意外な形で初のラオス入り(まだ入国はしていないが、降り立ったのは事実w)して現地でビアラオ(Gold)を楽しんだあと、実に(たぶん)10年ぶりにハノイのノイバイ国際空港に到着。

そしてその変貌ぶりに驚き。。。。








こんなに立派になっているとは。。。後で調べてみたら、ここはおそらく日本のODAで大成建設が作り上げたターミナル2(2014年12月31日運用開始)だと思われる。 日本の円借款が原資だからアラブの国相手と違って日本の建設会社にも取りっぱぐれリスクはないし、さすがは日本の自作自演な底力(間違っていたらごめんなさい)。


ガラス張りのお手洗いから空港外を眺める。 10年前は空港出たらすぐ原っぱで牛が寝そべっていたのに。。



ビエンチャンに続いてハノイ地ビールで乾杯♪

今回はチケットや旅程に現れない「隠れ一時降機」でアセらないための有用情報にもなるかな・・との思いと、まあせっかく撮った写真を使いたかった事もありw、プチ旅行記的に軽めなアップとさせて頂きました。


ベトナムだけに、遅めの夕食はベタに牛肉フォー。


追加で頼んだ別の地ビールを見て、古き良きベトナムクオリティーを「不揃いのラベル達」に感じて何故かホッとする筆者


さて、やっぱり暑い東京で、今週もなんとかがんばります。




2015/07/16

人材活用最前線 in カンボジア:カンボジア人 or 日本人?

連休(による業務進捗停滞)によるストレスからすっかり解放されるカンボジア確変期間7、8、9月(2015年)がスタートして約半月。 
カンボジア零細事業経営者的には、数多あるクメール・ストレスのうちほんの1つからだけの解放とはいえ、ありがたさが身にしみる季節である(筆者だけ?w)。

ここ数回本稿の冒頭ネタで取り上げ続けた祝日ストレスもさることながら、多くの(カンボジアから見て)外国人経営者を悩ますクメール・ストレスの代表格はやはりヒトに絡むところだと思われる。

分かってないのに「Yes」、すぐばれる小ウソ、これからやるのに「やりました」と言う時制酔い、etcなど、一つずつ見れば大げさに取り上げる程の話でもない、とはいえスルーできない程度にイラッとくるプチ・ストレス達が図ったかのような嫌なタイミングで波状攻撃的にやってきて、その対処に結局けっこうな時間をとられたりして、チリも積もればヤマ的な累積ストレスで心が折れそうになる。。という典型的なクメール・ストレス

上記リンクの通りだいぶ前に本稿でも取り上げたりしたが(ほぼ完全に愚痴でした・・)、、ふと思い返してみると最近は弊社スタッフに起因するその手のストレスに悩まされる事がだいぶ減ってきた (なくなりはしないけれどw)。


古き良き日本式を取り入れつつ。。。


まあズルズルと長い事(もうすぐ7年経過・・)カンボジア人スタッフを雇って事業している筆者に知らないうちにストレス耐性が身についてしまってるから、、とも言えるが、相変わらずローカル取引先、パートナー先、オフィスビル管理先,etc(の一部)からは変わらぬストレスを頂き変わらずイライラさせて頂いているので(天が自分に課した精神修行と捉える事にしている)、まあ弊社スタッフ達の成長・改善に感謝すべき所なんだと思われる。


大きな改善理由は、長い社歴の古参スタッフ(3〜5年)が増えてきて筆者⇄古参スタッフ⇄新人スタッフというコミュニケーションラインがほぼ出来ている事と、即幹部採用する転職組(彼らも筆者と直コミニケーション)のレベルがかなり上がってきている事である。 彼ら(古参・新規あわせた幹部メンバー)の年齢層はだいたい25〜35歳といったあたり。

彼ら幹部メンバーには基礎的なビジネス英語がインストールされている事はほぼデファクトで、プラスαの独自スペックが各々備わったりしている。
昼夜僻地を問わない行動力、日本の会計士も舌を巻く数値管理力、日本語・中国語・タイ語などマルチ言語力、人材・資材のローカル調達力、役所相手の交渉力etc。


幹部メンバー達の会議もようやくそれっぽくなってきた。。気がする。


その分給料も相対的に高いけれど、とはいえ日本での新卒手取り月給の1/3〜1/2(最近円安だから少し+αか・・)程度の金額で、彼らクラスの能力値を日本で求めるのは実質的に不可能だ。


彼らを雇う身として、彼らと経営会議などそれっぽい議論をした後など、たまにふと感じるのは、「いま自分が彼らを雇う立場(というか世代)で良かった・・」という素朴な安堵感である。

「カンボジアくんだりの後発開発途上国(Least Developed Countries,LDC)であってもそういうレベルの人材が現役になってきていて事業運営がだいぶラクになった」という想い(これもよく感じるが)よりもむしろ、「自分が彼らと競争する立場(というか世代)にいなくて良かった、、」というニュアンスの安堵感である。


筆者が日本で働いていた頃の20代後半あたりをふと思い返してみると、業務スペックに関してだけ言えばたぶん今の彼らよりも当時の筆者の方が総合的には高かった(僻地耐性とかはないけれど、基本所作とか業務処理面でw)。 
しかし、当時の筆者一人分の給料で、少なくとも現在弊社のカンボジア人20代後半幹部メンバー●名以上は雇用できる。

で仮に今、経営者の立場である筆者の目の前に、20代後半当時の筆者一人と、同世代の現弊社カンボジア人幹部メンバーチーム●名が現れて、「さあどちらを採用しますか」と問われれば、当然業種業態にもよるけれど、ほぼ確実に後者チームを選んでしまうかな、、と思う。 
新興国ハイランク人材のスペック&給与水準を知ってしまった経営者である今の筆者から見ると、20代後半当時の筆者では何をさせるにも全くコスパが合わない、、と感じざるを得ないだろう。 


一昔前に依頼されたエッセイでも同様な事を書いた事がある。 
筆者が学生の頃のいわゆる就活では、日本人同世代とのスペック比較で国内競争していれば良かったが、これからの日本の若者は多国籍な人材達との国際競争になってしまって大変そうだ。。と。
(JGAPエッセイ「同世代間で"国内競争力"を磨けばよかった時代は終わった」

そのエッセイを書いてしばらく経つが、その後の新興国人材スペック(のコスパ)は当時よりも更に飛躍的に伸びている、、という事を改めて実感する今日この頃である。


各地域拠点(プノンペン、バッタンバン、ポーサット、バンテアイミンチェイ、シェムリアップ)のリーダーを張っているカンボジア人次世代幹部達。 期待してます。



一方、そういう事情を日本から眺めても、当時はまだ「でもそれって海外で事業する場合の話でしょ・・」という対岸の火事的な感じもあったかと思うが、最近はどうやら身近になってきているようだ。

今日本を席巻しているインバウンド爆買いに実際サービス対応しているのは日本語を話せる外国人スタッフであり、どうやら日本企業も国内での外国人採用をメイン枠と捉え始めているようである。
(→日経記事「就活戦線異変あり。ライバルは外国人」


ようやく、日本人若手世代にとって「今そこにある危機」となってきた(のか?)、競争相手としての外国人若手人材の台頭。 

まだゆるい時代にその世代を通り過ぎてしまった筆者としては、過酷な国際間競争の前線に立たされる日本人若手世代に「むしろ自身を切磋琢磨せざるを得ない良いチャンスだ!」とか囃し立てたりエールを送ったりしつつ、内心では自分の代じゃなくて良かった。。とホッとしつつ、 更なるスゴい日本人若手が海外(できればカンボジア)に飛び出して来てくるのを引き続きお待ちしている次第である。



若手カンボジア人スタッフ達にまじってニヤける日本人インターン(写真左上♂)
バッタンバンに張り付いてもう半年、そろそろかなりアセっていないとおかしい、、はずw。






2015/07/04

またバブルな宴の兆し in カンボジア:聞こえてきた大型プロジェクト達の足音

2015年も気がついたらもう7月。 今年が後半戦に突入してしまったことに愕然しながら焦りばかりが募る今日この頃inカンボジア。

「祝日多過ぎて困るカンボジア諸事情」については本ブログ冒頭で頻繁に取り沙汰させて頂いているが、そんな当国でもなんと7月、8月は一切祝日がなく、9月は祝日が1日あるだけという、事業経営者的に見ると国が営業日を大盤振る舞いしてくれる「確変入り」フィーバー期間となる。 
来るべき10月からの大型連休オンパレード期間前に、やるべき事を全てやり切ってしまうための、全力疾走3ヶ月の始まりである。 さてがんばろう。


そんな掛け声(だけ)は勇ましく、とは言えついつい現実逃避したくなってしまう週末の午後あたり、ふと周りを見渡してみると、何やら羨ましくなるくらい浮き世離れした荒唐無稽なおとぎ話が、またふつふつと涌いてきているらしい我らが新興国カンボジア。 

こういうお祭りネタが降って涌いて、架空の豪華出演者リストが出回って(稀に少しの友情出演もあったりする)、一部の気の毒なエキストラ達が踊るに踊って、散々振り回され尽くした頃に大概いきなり終演を迎える、、というカーニバル・サイクルが数年置きに自然発生するところも、エマージングカントリーで味わえる面白味の1つである。

「踊るXXに見るXX、同じXXなら踊らないと損」というのが確か日本の格言(?)だったかと思うが、まあ損するクセがついて久しい筆者としてはまたもや毎度の傍観である。


さて、そのそうそうたるカーニバル予定演目についてだが、まず新聞で報道された公表情報からいくと、カンボジア現地企業(Thai Bun Rong Company)と中国系デベ(Kia Nip Group)がジョイベン(JV)方式でプノンペン市に提案した高層ツインタワー計画。 
地上500m, 115階建て、総工費は30億米ドル(約3,700億円)。


完成予想図?
(写真は本件とは無関係かも知れません・・)
報道によると、市のスポークスマンからは「もっと勉強してきて」と突き放されたり、同業界関係者からは「今プノンペンにそんなもん要らん」と一刀両断されたり(どちらも筆者意訳w)、散々な取扱いを受けているようだが、これしきの冷や水でヘコたれるようなカーニバル主催者ではない事を期待したい。 

報道では、10年前くらいのサイクルの時の韓国系デベによる「Golden Tower42(注1)」や、5年くらい前のサイクルの時のフンセン首相がぶち上げた「Diamond Tower(注2)」計画などと比較され、「似たような与太話」的な捉え方をされていたが、3度目の正直という言葉もあるわけだし、いよいよ本命登場かと期待したい。

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(注1)
プノンペン中心地で韓国系デベが建設を進めていた42階建て高層タワープロジェクト。
総工費2.4億ドル。 2008年リーマンショックのあおりを受けて(?)資金に詰まり2010年9月に建設工事ストップ。 以来野ざらしのままもうすぐ5年経過。

(注2)
2010年、フンセン首相が唐突にアナウンスした、プノンペン中心地のメコン川とサップ川の合流地点にぶち建てる555mの高層タワー計画。 雨季と乾期の水位高低差が7mにもなる激流大河の中州地盤にそんなの建てられるのか、、との当時の国民・住民の期待と不安をよそに、2017年竣工をぶち上げたがまだ着工スタートもしていない(はずな)のでご安心を。
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こういう公表された話以外でも、某地方での超大型XX工場建設(総工費X十億円)とか、超大型XXXX開発引き継ぎ(総予算X百X十億円)とか、景気のいいカーニバルな話がチラホラと筆者の耳にまで届くようになって来た、懐かしい匂いとともにw  

期待の新興国カンボジアもいよいよますます香ばしいフェーズに入ってきたかな、、と感じるのは、予定されている(という)カーニバルの中身が、話的にも規模的にも前サイクルまでに比べてケタが1つか2つ変わってきたからだ。

10年前や5年前のサイクルの話だと、農地と称した広大な森林地帯をつかまされてX億円が溶けたとか、日本から無税で輸入したものを何でも売れると喜び勇んで来てみたら全く何の手続きも踏んでなくてX千万円すったとか、まあイタいとは言えその程度の”小宴”系カーニバルがほとんどだった。 
突出して大きい宴でも、韓国系の新都心計画で310億円注ぎ込んだら220億円くらい行方不明(90億円分しか使途判明せず)、という話があったくらい。 韓国で逮捕者が数人出て、カンボジア商業銀行の1つが特別銀行に格下がった程度の話である。

それが今や、X十億円からX百億円クラスは通常にある話で、上述のツインタワーなどは3,700億円。 昔の小宴がかすり傷にしか見えなくなる規模である。


当然、これらの中にはホンモノに”化ける”ネタも潜んでいる(可能性もある、たぶん)。

そんな宝クジ的なワクワク感が、まだカンボジアに来て日が浅くいいタイミングでカンボジアに乗り込んできたおかげで「キングダム・オブ・ワンダーが俺の前だけに落としてくれた夢のチケット」を信じる気力と体力があるエキストラ達投資家・事業家達を夢の世界へと駆り立てる。

また楽しい祭宴の終わりの始まり、、、かもしれないw。 
見るXXとしては、小宴の前説にもならない自身の零細事業運営に疲れた週末あたりに、カーニバルの舞台で踊るエキストラ達の栄枯盛衰大儲け物語を伝え聞くことで勇気と癒しをもらえる事を期待したい。