2014/01/20

話が違う大事な話(1)

2014年が始まってもう半月以上が経過。 
今年は年始早々「あれ、話が違うのでは・・?」と感じる話が相次いだ気がする。

日本商工会議所の会頭は1月7日の年頭会見で「円安になったら日本の株価が上がるのはおかしい」と述べ、経済同友会の代表幹事も「あまり円安は歓迎できない」と述べたらしい。 
財界の偉い方々が口をそろえて円安を否定的に受け止めているかのような発言だ。  

「円安になったら企業業績アップ&株価アップで日本がハッピーになる」、と少し前まで皆が口を揃えて合唱していたような・・気のせいだろうか。

カンボジアでは、昨年後半から続く野党による現政権への抗議デモが、いつのまにか給料アップを求める労働者によるデモ&ストライキに変わっていた。 今年に入ってデモ&ストが更に激化し、死者が出る騒ぎにまでなった。

しかも、現地労働者の賃上げ圧力はカンボジアだけでなく、周辺東南アジア諸国にも同時多発的に起こっていて、今年からどこもかしこも本当に一気に上がってしまうかも、との話もあるようだ。

東南アジアの後進国は製造業の“ラスト・リゾート“で、勤勉な現地労働者達が、コツコツと単調作業をこなし、安い給料を厭わず、日本から工場が進出してくるのを諸手を挙げて歓迎してくれている、のではなかっただろうか?

円安が思っていたほど(信じていたほど)日本のハッピーにつながらないかもしれず、東南アジアがラスト・リゾートにならないかもしれない。 

日本の今後の見通しに関する、何か大事な話の前提になってる部分について、実は違うかも、、という話がチラホラ出始めている気がする。 どうしてそういう話になってきたのだろう。

ちょっと流れを(自分なり)に整理するために、ざっくりと簡単な数字例を使って昔を振り返ってみる。 

あくまでざっくり、自分の主観とあいまいな記憶頼りなので(しかもほろ酔い中)、歴史的に正確な事実・時系列に即しているわけではない。
・間違ってたら謝りますので笑って流してください。 


今もそうなっているが、昔も1ドル=100円くらいだった頃があり、日本で職人が8千円で作っていたMade in Japanの製品が、海外では100ドル
( ×100円/ドル = 1万円)で売れていた(つまり輸出)。

    為替        作る(費用)    売る(収益)   利益 
 100/ドル      8千円    100ドル(=1万円)  2千円

それが、モノの品質は変わらないのに、1ドルが100円から80円にまで安くなってしまった(ドル安、つまり円高になってしまった)せいで、利益が全然出なくなった。

    為替       作る(費用)    売る(収益)     利益 
 100/ドル    8千円    100ドル(=1万円)  2千円
   ↓円高                    ↓円高のせいで
  80/ドル        8千円     100ドル(=8千円)     0


そこで日本企業は、それまで8千円かかっていたモノ作りの費用を、血のにじむ様な企業努力で6千円にまで下げて、なんとか利益を出せるようになった。

   為替       作る(費用)    売る(収益)     利益 
  80/ドル      8千円     100ドル(=8千円)  0
         ↓頑張って削減
  80/ドル  6千円    100ドル(=8千円)  2千円


だが実際、多くの日本企業は、モノ作りの費用が8千円だった段階で、すでに血のにじむような企業努力を何度も何度も実施済みで、もうこれ以上絞っても何も出てこないカラカラな状況となっていた。

そこで困った日本企業が見つけて来た極めつけの処方箋は、まだ人件費などコストが安い海外で、同じモノを75ドル( × 80/ドル=6千円)で作り出す事だった。

 場所   作る(費用)    売る(収益)      利益 
 国内   8千円     
       ↓ 海外生産
 海外   75ドル(6千円) → 100ドル(8千円) 25ドル(2千円)

8千円のコストを国内で6千円に削り落としたのではなく、75ドルで作れる他の場所(アジア)を見つけ出して来たのだ。 
円が高かった(ドルが安かった)おかけで、75ドルは円に換算すると6千円。 日本国内では実現できない破格の低コストだった。

ちなみに日本の「産業空洞化」とは、簡単に言うと、上の図式が続いて誰も国内でモノを作らなくなることだ。

上記の図式が続いた場合の弊害(産業空洞化の危機)は、長い事いろいろな識者が叫んできたが、「じゃあどうすればいいの?」という問いに誰も能動的な代替案を提示する事ができなかった。


そこで「こうせざるを得ないのは円高のせいだ、円安にさえなればきっと全ては解決する」と、為替レートに全ての責任を負わせる論調が受け入れられていくようになる。 
これで、誰も悪者にならないで済むからだ。

そしてこの図式は長いこと変わる事なく、しばらく続いた。

・・・長くなったので続きはまた改めて。

2014/01/14

封鎖中(?)のバンコクより

今年最初の海外出張で、カンボジアのお隣の国タイの首都バンコクに来ている。

「首都封鎖」が始まるという今日このタイミングで、一泊予定のバンコク入り。 
昨年から面談予定が決まっていた取引先様3件、どこからも「デモがあるので来ないでください」とまでは言われなかったので、普通に乗り込んでみた。
・暖かいアドバイス諸々頂きました、感謝。

とはいえ普段でさえ渋滞する道路事情のバンコク、さすがにタクシーはリスク高いかも、という判断で、空港から市内に向かうARL(エアポート・レール・リンク)というモノレールに。

City Lineという各駅停車で、片道45タイバーツ(約140円)。 
それでもタクシーより(おそらく)早い時間であっさりと市内中心地に。 
普段を知らないので混雑状況の比較はできないが、そこそこ混んでいたのかも知れない(普通に座れたが)。
空港からのARL(エアポートレールリンク)で市内へ。

Phaya Thai駅でBTS(スカイ・トレインとも呼ばれる市内モノレール)に乗り換え。
乗り換えも極めてスムーズ。 

BTSで市内中心地を通りすぎる際、デモで封鎖されているエリアを眺めたが、確かに結構すごい。。 カンボジアだと”デモ行進”だが、こちらは”居座ってる”感じ。

モノレールBTS(スカイトレイン)から見下ろした中心地Asok交差点。
 車窓に網がかかっていて見づらい。


同じくAsok交差点。バンコク市内数カ所でこういう状態とのこと。

封鎖されてるエリアの騒然とした感じは迫力あったが、そのエリアを外れるとむしろ道は閑散。。 いつもよりかなり空いている状況のような。

封鎖されてない所はむしろ閑散。。
ということで、ほぼ予定通りの時間帯でホテルにチェックイン。
取引先様面談(今日は2件)も滞りなく終了、夜は久しぶりに美味しい日本式焼肉をご馳走になった。 


カンボジア首都プノンペンでも昨年末から今年にかけてデモが大々的に行われていたが(実際亡くなった犠牲者もおられた、合掌。)、市内全域が騒乱状態だったわけでもない。

そういえば2012年6月、ヨーロッパ危機の震源地扱いで世界から注目されたギリシャの再選挙の時も、偶然その中心地である首都アテネに居合わせた。
選挙投票日の前日、街のタベルナ(ギリシャの飲食店)で食事を楽しむ観光客や現地の人々は、日本で報道されていたような騒動とは全く無縁に見えた。


常に油断は禁物、と自分を戒めつつ、海外で取り沙汰されるこの手の報道の実情もわかりつつ、、出張取り止めるという判断には毛頭ならなかった今回。


デモの影響を警戒し、通常かかる移動時間を1時間多めに見越して、朝かなり早めにお迎え来て頂ける2日目。 ・・仕事終わって空港に着くのも早くなりそう。



2014/01/06

V.I.Pな陸路の旅:バッタンバンまで300Km

今年最初のバッタンバン出張、さきほどプノンペンから約5時間かけて
バッタンバン入り。

先月後半の異常な寒さから、やや気温が温かく持ち直してきたような、
過ごしやすい気候なバッタンバンです。

カンボジア首都プノンペンからバッタンバンまでは、国道5号線を北西に約300Km。
現状、ヘリでもチャーターしない限り、交通手段は陸路のみ。

ほぼ毎週この路線を往復しているので、体はすっかり慣れて来ている・・とはいえ、やはり遠いです、かなり。

2年くらい前まで、プノンペンからバッタンバンに来るには、以下2つの両極端な選択肢しかなかったんですが、、;

①自前の車もしくはチャーターするという高コスト・快適路線。
・ガス代だけでも往復150ドル前後、チャーダー代なら片道でほぼ同額

②多くのカンボジア人皆様が里帰り等にフル活用するローカル運営の大型バス、低コストだけど普通の外国人にとってはけっこう過酷路線
(何が過酷かはまた改めて・・)。
・車体は海外からの大型観光バス払い下げ、片道5〜6ドル

ここ2年くらいの間に、急速に普及してきた”第三の道”が『V.I.P Van』。

いつもお世話になっているGolden Bayon Express.。日本人経営とのことだがお会いした事はなし。

現状、3、4つほど運営会社がありますが、だいたい以下のような状況;
・プノンペン、シェムリアップ、シアヌークビル、バッタンバンあたりの
 主要都市間のみ
・12〜15人乗りのバンで、一日2〜4便ほど出ている
・片道1席8ドル〜10ドルで買える
・(運営会社によっては)フリーWiFiつき

快適度はある程度①寄り(とはいえだいぶ格差はあるけど)、コストは
かなり②寄り、という優れもの。  
セントラル・マーケットちかくのGoldenBayon発着所inプノンペン。
自宅からここまでのトゥクトゥク代が2〜3ドルで、ここから300Km先のバッタンバンまで10ドル。。

この路線の存在を知った頃は、客はほとんど欧米人・・というイメージだったけど、最近はカンボジア人お客様でほぼ埋まっているプノンペン⇄
バッタンバン路線。 

10回乗るとタダ券1枚、のスタンプカードもフル活用させて頂いているせいか、プノンペン駅とバッタンバン駅のGolden Bayonスタッフ皆様には「8番シートの男」として認識されるに至っております。

乗客で満席だったら片道売上が120〜150ドル、ガス代&人件費やらメンテ費やら諸々コスト吸収してお釣り(利益)が来るはずですが、客が少なかったりすると自分事のように心配になったり、、道が悪くてパンクしたり、牛に激突したりもするし、結構メンテもかかるだろう、、とか。。

予約困難にならない程度に発展&増便して欲しい路線です。

バッタンバンに向かう国道5号線、国道と言っても田舎エリアではこんな感じ。
バッタンバン発着所。カフェではUeda Coffeeが楽しめます。




2014/01/04

パーフェクト・ストーム・・?

いつまでやんの・・? という感が、そろそろ満ち満ちてきていたデモ行進だった。

昔、バラク・オバマが”Change !”の一言で制した米大統領選挙と、日本で民主党が”政権交代!”だけ唱って本当に与党になってしまったあの選挙。

それらを足し合わせて少しデフォルメしたような去年7月の劇場型選挙で、たぶん自分たちもびっくりするくらいの票を獲得して筆頭野党に躍り出た「カンボジア救国党」が、止めるに止められないデモ行進を毎日のように続けていたカンボジア首都プノンペン。

選挙のときは、”Change !”感満々な野党に、ノリで票を入れたプノンペン市民も、毎日続くデモが引き起こす交通渋滞にゲンナリしながら「もう支持する気なくなりましたよ」みたいな事を言い始めた、、、みたいな話が、昨年末あたりはよく聞こえて来た。

そろそろ大人の矛の納め時だろ、副首相の席も用意されているそうだし、、というタイミングかと思っていた。


気がついたら、薄給に喘ぐ工場労働者達が待遇改善を求めるストライキが激化、という話に化けていた。

報道的には、野党による与党批判デモに、待遇改善を求める縫製工場労働者達のストライキが”合流”した、という事らしい。  

プノンペンの北寄りなエリアで主に起こっているデモやストライキは、南寄りに住む住民には実感としてあまり伝わってこないが、そろそろ結構シャレにならない・・という雰囲気は徐々に浸透してきている気がする。


昔、ハリウッド映画でジョージクルーニーが主演した「パーフェクト・ストーム」という映画があった。

不漁に悩む昔気質の漁師が、仲間達を引き連れて遠洋漁業に出てみたら、地域特有のノーイースターという嵐と、運悪く同時に発生したハリケーンが融合してしまった大嵐「パーフェクト・ストーム」になって、それに突っ込んだ漁師達があえなく誰も助からなかった、、というような話。

小国カンボジアのデモ&スト合体の対比で、史実に基づく米国最大級のパーフェクト・ストームと思い出すなんて大げさな、、と思われるかも知れないが、何せ犠牲者が出ているのである、同じくらい。

あえなく沈んだ漁船の勇猛な乗組員達はたしか5、6人。 
※史実では漁船以外で亡くなられた犠牲者の方々もおられるかも
  知れませんが、あくまで映画の中の話のみ思い出した、という
  ことでご容赦ください。

今回のデモ&スト鎮圧騒ぎで犠牲者となったカンボジア人は、現地報道によると5人(日本の報道だと3〜4人)。

80ドルの月給を、まずは100ドルに、とかもったいつけずに、とりあえず160ドルに上げてくれ、という金額感のストで、既に3〜5人も亡くなっているのだ。

無論カンボジアにおいては、労働者にとっても工場経営者にとっても、命懸けで攻防するに足る金額だ。が、その代償となってしまった人命は遥かに重い。

普通に(日本的に)考えれば、デモの方は矛の納め時を完全に逸した感じがするし、ストの方も「いざ同志の敵討ち」とばかりに火に油を注いだように激化してしまいそうだ、という気もする。

一方「さすがに死ぬ気はないですよ」みたいなノリでフワッと雲散霧消してしまっても、ああカンボジア風に終わったか、、と受け入れられてしまう気もする。
1,2ドルのお小遣いがもらえる”お祭り”感覚で参加している若者達も、おそらくは少なからずいるだろう。

なんにせよ、政治や縫製工場からは遠い所にいるカンボジア人達の行動にも、次第に影響を与え始めた、このデモ&ストの融合現象。

想定外のパーフェクト・ストームとなって吹き荒れるのか、あっさり熱帯低気圧になってしまうのか、とりあえず行く末を見守るしかない現状です、、、安全地帯に身を置きつつ。

2014/01/02

JCGプノンペン事務所 始動2014

新年、カンボジアでは祝日は1月1日のみ。
本日よりJCGroupは通常営業を始動しております。

私の今年の仕事始めはプノンペンオフィスより。 

JC Holdings本社スタッフ年始打ち合わせ

JC IT(Team1)、年始よりクライアントと打ち合わせ

JCIT (Team2)、何やら真剣に業務中


JCEMデザイン部隊も勢揃いで業務中

来週はバッタンバンです。

2014/01/01

謹賀新年2014

新年あけましておめでとうございます。

2008年9月にカンボジアで事業会社を立ち上げ、とうとう丸5年が経過したタイミングを契機に、遅れ馳せながらブログでも開始しようか、、と思い付き、とりいそぎの「ご挨拶」をアップさせて頂いたのが昨年2013年10月。

言いっ放しで放置したまま、気がついたら年を越してしまいました。
ブログ用意にご協力・アドバイス頂いた方々に、この場を借りて改めてお詫び申し上げます。。。

昨年もいろいろありましたが、とうとう初のカンボジアでの年越し。
2014年の元旦は、首都プノンペンから北西約300Kmに在る地方都市バッタンバンの安ホテルで静かに迎える事になりました。

起業してから6年目、年のほぼ3/4(昨年は276日)をカンボジアで過ごす生活となりました。
これからも当面、プノンペン⇄バッタンバンをメインに、たまにカンボジアの別地方や、日本および近隣アジア諸国を、仕事メインに動き回る事になりそうです。

改めて今年から、カンボジアを拠点に動きながら気付いた事や感じた事、やってしまった事、美味しかったモノなどを、徒然と書き始められれば、、と思っています。
お手隙の折にでもご覧頂ければ幸いです。 何とぞよろしくお願いいたします。

今年が皆様にとって良い年でありますように。

2014年1月1日早朝、元旦を迎えたバッタンバンの安ホテルにて

           
        (写真:2014年初日の出、バッタンバンのホテルより)

2013/10/19

ご挨拶

髙 虎男(Ko Honam)と申します。

2008年9月よりカンボジアで「JCGroup」という企業を立ち上げ、
カンボジアを拠点に事業を営んでおります。
・農業を中心に、IT・物流・金融・その他いろいろと

在住拠点はカンボジア。
・主に首都プノンペン、および農業拠点となるバッタンバン州、
 タイと国境を接するパイリン特別市など

日本への定期的な出張(主に東京)、および周辺(たまに遠方)各国に
出張(たまに観光)します。

カンボジア⇄日本&諸外国、と動きつつ、いろいろやっている過程で、
いろいろな面白いコトに出会ったり気付いたりしますので、日記代わりに
ブログを始めようと思うに至りました。

カンボジア関連を中心とした、カタめな商売の話から、ヤワラカめな生活情報(主に飲み食い、グルメ)まで、徒然と発信していきたいと思って
おります。

よろしくお願いいたします。

2013年10月某日 バッタンバンからプノンペン陸路5時間の車中にて

(写真:カンボジア バッタンバン州コンピンプイ人口湖)