2015/05/06

「それでも安いTシャツ買いますか?」善意が導く悲惨な未来:カンボジア バングラ 縫製業

今日もまた祝日です、我らがカンボジア。

今日をお休みにする大義名分は「農耕祭(Royal Ploughing Day)」。 雨期に入り農耕スタートさせるタイミングということで、農業を営む各地で土に鍬を入れる儀式などが執り行なわれるらしい。

で、国中が注目(?)する農耕祭式典のハイライトは「国王の牛」を主役にしたセレモニー。 

選ばれし「国王の牛」の前にいくつか(確か7枚)のお皿を並べ、牛に選ばせる。 米が乗った皿を選んだら豊作(だったかな・・)、とか、何にせよ今年の農作物の出来を占う重要な役割を国王の牛が担うらしい。 

なんでもテレビで生中継までされるとか。 長いクメール正月休みモードからようやく「そろそろ本気出す」モードになりかけている(はずの)国中の農家の空気を盛り上げるor盛り下げる、を一切の牛任せにする、ごまかしの効かないぶっつけ本番イベント。 お酒の皿を選んだらあまりよろしくない、というのは確かだったと記憶している。

このセレモニー、国王御自ら毎年地方に出向かれて式典に臨席されるらしく、今年はどうやらバッタンバンに御降臨されるよし。 で、当然バッタンバン市内の道路はほぼ封鎖される事になるそうだ。 移動経路考えないと。


ところで、筆者がフェイスブック(FB)を始めたのはもともと本ブログと同様、カンボジアのビジネス環境やら経済状況やら自身の事業についてやら、何かカタめなマジメ情報を発信していこう、という趣旨からであり、実際に始めたのは本ブログよりもかなり前からである。

そしてやはり本ブログ同様、趣旨・方針がズレてきて、今や食べ歩きグルメ情報inカンボジアor日本しか閲覧者の印象に残らないヤワラかい類の何かになってしまっている、というのが客観的な現状かと思われる。(ただまあ一応それなりにマジメな話をアップしたりもしていますw)

で、そのFBでつながっている某友達が「いいね!」を押したが故に筆者のFBタイムラインにも現れた、筆者的には見ず知らずの方のとあるFB投稿がふと目に止まった。

ちなみにFBで友達が「いいね!」を押した非友達の投稿が自分のタイムラインに出て来る法則(というかアルゴリズム?)はどういう規則に基づいているのか。。。全部が出て来ているわけではないようだし、そのセレクションの法則(というかアルゴリズム?)が常々少し気になってはいる。(ご存知の方いらっしゃったら教えてください<(_ _)>)  

それはさておき、そのとあるFB投稿とは、以下の記事をアップされて状況を憂いておられる類のものだった。

「それでもあなたは激安Tシャツを買いますか?ドイツで行われた自動販売機を使った社会実験」 

ざっくり要約すると;
ーーーー
ドイツのベルリンの広場に道行く人がつい買ってしまいたくなるほどの激安価格Tシャツが買える自販機を設置。 
お金を入れてボタンを押すと、お目当てのTシャツが出て来る前に、自販機に付いてるモニターにそのTシャツを作っている新興国(バングラデシュ)の過酷な労働環境や労働者の労働時間・時給情報が映像で流される。
で、その映像の後に「それでもあなたはTシャツ買いますか? または寄付しますか?」の選択肢が提示され、多くの人々が「寄付」を選んだ。
ーーーー
・・・というような内容である。


2013年4月にバングラデシュの首都ダッカ近郊で起きたビル崩落事故を風化させないための国際的キャンペーン、という位置づけで行われたらしいこの社会実験。 

崩落したビルは本来5階建てのところ8階まで無理な増築を施され、ビル内では多くの縫製工場労働者が過酷な労働を強いられており、彼等の多くが犠牲者となった、らしい。

縫製業とは全く縁のない筆者であるが、カンボジアはバングラデシュと並び称されるくらい縫製業が盛んな国であり、遠い彼方の話には感じられない内容ではあるし、またビル崩落事故で犠牲となった多くの方々には謹んで哀悼の意を表させて頂きたい。


だが、この社会実験に関してだけ言えば、これが事実として行われた実験だとすれば、そもそもの実験趣旨にかなりの違和感、と共にある種の危険性を感じてしまう。

実験の主催者が明確に意図しているかしていないかはともかく、この社会実験は極めて分かりやすい以下のメッセージを発信するはずだ。

①安いTシャツを作るため縫製業者が過酷な労働を強いている 
→ ②その過酷な労働環境に起因して大事故が起こり多くの犠牲者が出た
→ ③この悲惨な事故および労働者の苦しみの原因は縫製業者の所業にある
→ ④そんな縫製業者が売るTシャツを買う(=縫製業者に利益を提供し労働者酷使を継続させる)べきではない


この端的なメッセージの拡散がうながす未来のシナリオは、
「こうして新興国で労働者を酷使する縫製業者が売るTシャツ(や他の商品)を誰も買わなくなり、商品が売れなくなった縫製業者は滅び、労働者は劣悪な環境から解放されました、めでたしめでたし」
というハッピーエンド、かと思われる。

が、これは本当にハッピーエンドだろうか。


私見ではあるが、ここでよく考えなければいけないことは、上記メッセージ①の始点であると思う。 言い換えると、バングラデシュでもカンボジアでも、縫製工場で働く労働者達が何故そこで働く事になったか、の理由である。

国家権力による強制や誘拐・拉致等の暴力的非合法手段によって収容・監禁されて働かされていたとすれば、上記メッセージに非の打ち所はない。

が、多くの場合、労働者達は自らの意思決定でその縫製工場を自ら働く職場として選んでいるはずだ。また多くの場合、退職も基本的には自由意志で行えるはずである。 嫌になったら給料もらった翌日から来なければいいだけの話であり、そんな話はおそらく現地では日常茶飯事であるはずだ(カンボジアでもそうだしw)。

バングラデシュの現地事情はよく知らないが、カンボジアに限って言うと現地縫製業関係者からの人集めや引き止めの苦労話を伺う限り、そこに強制収容的な匂いはかけらもない。

バングラデシュでもカンボジア同様、基本的には民主国家的な労働者募集・雇用が実施されているという前提で、そこに憂うべき事態があるとすれば、それはバングラデシュの多くの労働者にとって「過酷な縫製業以外に同等の賃金を稼げる選択肢がない(か少ない)」事だ。

労働者を雇う側の縫製業者も、当然他の労働需要(業者的には労働者獲得競争環境)を睨みながら、労働者を募集・採用できる最低限の労働条件(=自らの利益を最大化する条件)を提示しているはずで、それが劣悪な労働環境及び低賃金のもとで成立している(労使がとりあえず合意している)という事態が現状、ということになる。

その現状のおいて、慈愛にあふれた傍観者が憂い憎むべきは「劣悪な労働環境を提供する縫製業者」ではなくて「縫製業者が提供する劣悪な労働環境を労働者が選ばざるを得ない(他に選択肢がない)現状そのもの」であるべきだ(と思う)。

で、その現状を心から改善してあげたいなら「(いま労働者の目の前にある数少ない選択肢である)縫製業を叩き潰すべき(シナリオA)」ではなく「縫製業以外のより良い選択肢を用意してあげるべき(シナリオB)」であるはずだ。

各々のシナリオの行き着く先がだいたい以下のようになる事は、すでに理論的にも実践的にも立証・実証されている(、、と思う、確かw)。

(シナリオA)
劣悪な労働環境を提供する縫製業を絶滅させる → 縫製業の職を失った多くの労働者が路頭に迷う(縫製業と同じレベルの就業機会が他にないから) → 今まで選ばずに済んだ更に劣悪な環境下(縫製工場の方がマシだった世界)で労働せざるを得ない

(シナリオB)
縫製業以外のより良い選択肢を用意してあげる → 労働者の多くがその選択肢に飛びつき、縫製業に労働者が来なくなる → 縫製業も労働者を集めるために労働環境を改善せざるをえない(それができない業者は撤退) → 結果的に労働環境は改善する


これ(シナリオA)と似たような話がつい最近(と言ってももう10年以上前か・・)先進国日本でもあった。

日本では今も昔も多くのヒト(個人・法人含む)がお金を借りたいと願ってやまないが、お金を貸す側は今も昔も彼等を以下のように分類する。

分類1. しっかりお金を返せそうなヒト
分類2. お金を返せそうかどうか微妙なヒト
分類3. 普通の手段ではお金を返せそうにないヒト

で、以前の日本には上記の分類に応じて、各々の層にお金を貸してくれる側がいた。
分類1 ← 銀行・信金が低い金利でお金を貸す
分類2 ← 合法な貸金業者が高い法定金利でお金を貸す
分類3 ← 非合法な貸金業者がより高い金利でお金を貸す

そして当時の日本国の政治家が政治的に行き着いた発想ステップと課題提起は以下の通りであった。

特に問題なく何もしてあげなくてよいのは分類1。 
問題ではあるが、困ったとしても自業自得なのでとりあえず無視していいのは分類3。
問題なのは分類2。 高利に苦しむ分類2のヒトを救ってあげなければならない。

そして、日本国が選択した解決策は、分類2のヒトにとって当時お金を借りられる唯一の選択肢だった合法貸金業者達を「分類2のヒトを苦しめる極悪非道な高利貸し」と決めつけ、彼等をせん滅する事だった。

その後、引き続きお金を借りたい(が今まで貸してくれていた合法貸金業者が絶滅してしまった)分類2のヒトはどうしたか(どうせざるを得なかったか)。

当然、もともと分類1にしか貸さない銀行・信金は引き続き相手をしてくれない(日本国からの要請も強制もなかった)。 
結果、分類2のレベルで行き場を失った彼等は、その下層である分類3の世界に流れ落ち、その世界で更なる苦汁をなめる事となり、非合法貸金業者の懐は更に潤う事になった。


今より良い代替選択肢を用意しないまま、今ある「良くない選択肢」を消去してしまう、という手段は、その「良くない選択肢」が自由競争の結果存続している環境下では、確実に今より悪い状況を導く(更に良くない選択肢に事態を収束させる)事になる。

既に世界中でいろんな形で何度も繰り返されていて、歴史が証明している法則と言ってもいいくらいの話だと思うのだが、おそらくこれからも姿形や事情を変えて、先進国でも後進国でも引き続き繰り返される類の話なんだと思われる。

願わくば、我らがカンボジアは同じ轍を踏まずに歩んで行って欲しいと思う。
そしてカンボジアを拠点とする弊社としては微力かつ末端ながら、カンボジア国民の目の前に今ある選択肢を座してただ否定・非難する事なく、カンボジア国民により良い選択肢を提示していける存在になっていければ、、と僭越ながら思ってみたりする(いや、たまにですがw)。


カンボジア国道5号線沿いの縫製工場近く、退勤時間あたり。 みなさん楽しそうに談笑しながらトラックにハコ乗りしておりました。 今日も一日お疲れ様♩

最後に蛇足ではあるが、このドイツで行われた社会実験で、激安Tシャツを買おうとした被験者達が結果的に寄付したお金が、幾ばくかでも実際にバングラデシュの窮状を支援する目的に使われる事を願ってやまない。

この実験ため自販機や映像を作った方々、そもそも実験を企画した方々、その他諸々の方々、のお給金や経費等にまず充てられてしまうのはヤムナシとしても。



・・・結局また長くなってすみません、、最後までお付き合い頂いて感謝です。
<(_ _;)>

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