2014/11/25

カンボジア人雇用の難しさ(?)について、たまに聞かれる事とよく答える事

カンボジア首都プノンペンではIT事業とクリエイティブ関連事業(主に広告・デザイン)、地方拠点のバッタンバンでは農業事業(耕作、農機販売等)、双方拠点にまたがるものとして物流事業・金融事業、等々を手がけていたら、気がついたら所帯がそこそこ大きくなっていた。



プノンペン本社とバッタンバン支社、合わせてカンボジア人スタッフが五十数名。

ちなみに日本人従業員はゼロ。 
関与している日本人は株主兼経営陣(筆者含む)か、専属業務委託形式のプロフェッショナル(1名)、と修行僧的なインターン生(1名、来年から2名予定)のみである。

他社様の事はよくわからないが、弊社の特色(と言えるのかどうかも分からないが)としては、ほぼ全てのカンボジア人スタッフにそれなりの裁量を任せている。 要は給料が高めである。 あくまで工場系、飲食系、現場建設業系等との対比した場合の話だが。



あまり普段、第三者と仕事の話はしないが、カンボジア関連の懇意な経営者系知人と話していたり、ごくたまに相談を受けたりするとき、よく聞かれるのはカンボジア人スタッフの管理の話。

要は「そこそこ賢いヤツに裁量(≒予算)を与えるとチョロまかされたりゴマかされたりしないか?」という類。 




どの経営者も、いつか現場を出来るカンボジア人に任せたいと思いつつ、そのモラルハザードのリスクがなかなか払拭できずに現場を離れられずにいる、という。

カンボジア(や後進東南アジア諸国)で事業を始めて比較的まだ日が浅い方々から頂く質問に多い。 ので、一朝一夕では構築できない対策をお伝えしても即効性がない。





その類の日が浅い系(かつ小規模系、かつカンボジア人にいつか任せたい系)の方々に、短時間で即効性ある(かもしれない)お答えとしてお話させて頂く内容は、まあTPOに合わせ多少のアレンジはあるものの、骨子はだいたい以下である。

1.
日本人なら絶対にしないチョロマカシやゴマカシをカンボジア人は平気でする、というのは幻想ですよ。 そのせいで日本よりカンボジアの方が管理が大変、というのも幻想、というか幻想を根拠にした言い訳です。

2.
一定のチョロマカしやゴマカシは不可避として、ある程度「抜かれる」事を前提に、うまく回り始めたらその「抜かれ損失」を差引いても十分うまみ(≒利益)が出る、くらいの利幅が見込めるビジネス以外しない方がいいですよ。

ちなみに上記1と2はセットメニューである。



どんな感じな話か、お話口調的に噛み砕くと;
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1.について
たとえば日本の(そこそこ中堅か大手の)企業に勤めていて、数泊の出張がある場合、多くの企業では各地方の相場にあわせて一泊の出張手当を定額で決めていたりしますね。
仮払いでその出張予算を受け取り、その定額予算より安いビジネスホテル(最近だと24h漫画喫茶など)で宿泊して「ホテル差益」を享受したりする。

たとえば特に必須な接待でもないが、何らか理由をつけて営業先を招いて普通の飲み食いをして、会議費・交際費などの名目で会社から清算してもらう。

バブル華やかなりし時代に比べて控えめにはなったかも知れないが、一定の業者選定をできる立場にいる責任者が、選定した業者からあからさまにキックバックをもらう。
会社には、金額を膨らませた請求書を業者に用意させて報告。

一定の事業者への銀行融資に口添えした偉い人が、融資を受けた事業者からあからさまに謝礼をもらう。

この類の話、昔も今も、日本全国津々浦々で日常茶飯事的に発生している事実ですよ。 カンボジア人スタッフに苦労しているという方の話と、内容的にカブるでしょ?

勤め人の意識なんてそんなもんです。 当然「そんな恥知らずな所業はしようと思った事すらない」という清廉潔白なニッポンのサラリーマンも存在するし、一方で少なからず心当たりがあるその他大勢の方々も存在するでしょう。

清廉潔白系:その他大勢、の人数比率ですが、おそらく日本とカンボジア間で大差はないです。 




2.について
日本人サラリーマンでも(上記1で述べた)それくらいの事は、「そこそこの企業に勤めている正社員の既得権益でしょ」的な発想で当たり前のようにやらかしていて、それでもその不届きサラリーマンを多数抱えているそこそこの企業はしっかり生き延びていたりします。

とすれば、カンボジアでも同じ発想で取り組まざるを得ない、ということですね。
そもそも基本給料は日本人サラリーマンより格段に低いわけだし、やりようはいくらでもあるはず。

たとえば、カンボジア人スタッフが(給与以外の所で)抜きまくったとして全体コストが15%増えたら営業利益が吹っ飛ぶ、というような事業プランなら練り直した方がいいです。

日本人を雇って現場監督に置けば、という発想もよく耳にしますが、(1で述べたように)日本人サラリーマンとカンボジア人スタッフの間のモラルに大差はないし、いざ抜く場合は日本人がやる場合の方が額が大きいですよ、私が存じ上げている事例の限りでは。



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暴論のように聞こえるかもしれないが、、、暴論かw

まあ、とはいえ「当初はそういう発想で臨んだ方が不測のダメージが少なくて済む」と思うので、即効性ある予防薬(事前の痛み止め?w)的にいいかな、と思い確信犯的に暴論をお届けしている。


ちなみに現在、弊社の管理職クラス(≒残業代がつかないクラス)のカンボジア人が裁量で動かす金額規模は、だいたい上限で3万ドル/件くらい。 申請から支払いまで一任されている。 当然、全員ではないけれど。

6年前の起業当初からずっと七転び八起きだったが(今もだが)、この2年ほどはモラルハザード発現により被った想定外の損失被害額はほぼ皆無、もしくは愚鈍な筆者が全く気がついていない(もしくは耐性ができて気がつかなくなった)、かいずれかである。

カンボジアで生き抜く経営者ための鈍感力、というタイトルの方がよかったかも今回のブログw

これから同じような事を聞かれたら、本稿をご紹介するのもありか、、近いうちにもう誰からも相談されないようになるかも知れないけれどw




・・・なお、一朝一夕では構築するのは難しいが、それなりの対策も合わせて練っておく事が肝要であることは言うまでもない。 

「孫子」十三編の最後を飾る「用間」。 郷間・内間・反間・死間・生間、の五間の活用を説いているが、肝となる「之を知るは必ず反間に在り」。 敵陣の設定をどこにおくか、常に敵国や競合他社とは限らない。 「人に取りて」いろいろと図る必要がある事業についてであれば、状況に合わせて柔軟に解釈・活用できる、シンプルにして卓見の古典である。 睡眠薬代わりに読みやすい解説本あたりを枕元に置くのもいいかもしれない。

最後何か論旨が逸れた、、御放念をw 




2014/11/16

池上彰に学んだカンボジアの今


カンボジアでは全くと言っていいほどテレビを見ない生活に慣れきって久しい筆者だが、今でも日本のテレビ番組で気になるものがあれば録画(を依頼)して、2〜3ヶ月に1回程度はある東京出張の間にまとめて見るようにしている。


東京出張の期間は毎回だいたい1週間前後。 
いろいろ予定を詰めている関係もあり、録画番組の消化に使える時間も限られる。 
したがって録画視聴する番組選びもそれなりに限定されてくるわけだが、その選にほぼ漏れる(∴選ばれない)のはカンボジア紹介系の情報番組だ。

理由は単純で、いつも自分自身がカンボジア現地でそれなりに動き回っているから、自分がカンボジアの現場でリアルに見知る情報以上に目新しい情報を摂取できる可能性が高いと思わないからだ。

それが今回、東京出張にちょうど合うタイミングで、いまや日本においてわかりやすく勉強になる教養系テレビ番組司会の第一人者(なような気がする、筆者私見)の池上彰氏が、自らカンボジア現地に出向いて取材された番組が放映される、という情報をキャッチ。 
で、かなり久しぶりにカンボジア紹介系の番組を見させて頂いた(録画で)。


卒直な感想は「そうか、また(まだ)そこか・・」といったところ。




その番組は、近代史において世界に名だたる独裁者・独裁国家を25事例紹介するという2時間前後のゴールデンタイム・スペシャル番組だった。

番組の主眼である“悪い独裁”の事例として紹介される国々の多くは、やはりアフリカ諸国やスタン系諸国とならざるをえず、実際にテレビ取材に行くのは距離的(≒予算的)・衛生的・治安的・政治的、と全方位的に決済下ろすのが厳しそうなエリアが多くなる。

( “スタン系”とは、アフガニスタン、カザフスタンなど、それらの国の実情を全く知らない素人的には治安上危険な匂いを感じてしまいがちな国々を筆者がそう総称しているだけ。  特に差別的・忌避的な意味は一切含めていない。 
ちなみに“スタン”とは、中央アジアから中東にかけてのペルシャ語系圏内で国や地方を示す地名接尾語。  現状、極めて平和・安全な××スタンも存在する。 ウズベキスタンなどは、街並み、etc、諸々大変美しい国らしく、筆者もぜひ行ってみたい国の1つだ。)

それら諸国に比べると、番組的に後半戦の山場を担った”ポル・ポト独裁政権”カンボジアや、堂々トリをかざった(日本の)お隣北の国あたりは、日本人の誰もが耳にした事があるくらい悪名高く危険な香りを漂わしているわりに、実はどちらも今意外と日本人が行きやすい国である。



外国人の出入・行動自由度が極めて高い“バリアフリー新興国”カンボジアは言うに及ばず、お隣北の国でも箸の上げ下げまで監視下に置かれる滞在期間中お行儀良くさえしていれば滅多な事は起こらない。 

しかも両方日本から近い。 どちらも直行便はないにしても、アフリカやスタン系に行くに比べれば「ちょっとそこまで」の距離である。

この番組テーマに限って言えば、大御所を送り込む取材地としては、世界中見渡しても結局この2カ国に行き着くのは必然だ。


さらに、現国民にその独裁の是非について感想を聞き、かつ国民もそれに批判的意見も織り交ぜて答える、なんていう所業は、目下現在進行形で“悪い独裁”続行中であるお隣北の国(しかも取材中おそらく監視付き)ではとても出来る芸当ではない。 






やはりこのテーマに限っていえば、番組後半戦の山場でそれなりに長い尺を担える国は、我らがカンボジアしか有り得ない。 


カンボジア現地取材の放送は、2時間番組(だったと思う)の1時間10分〜30分あたり、ほぼ20分程度の尺を占めていた。

その間「経済が発展してきている昨今のカンボジア」を見せていたのは約2分。 
残り約18分は「ポルポト・虐殺・地雷」だった。
(録画したのを見たので、テレビ画面に表示される経過時間をうる覚えした。)





番組構成的に、この「経済発展してきてます」的な2分をどこに持って来るか。

最後に持ってくれば「悲劇の歴史を乗り越え、今や経済も復興してきています」というトーンにもなり得る。

最初か途中に持って来て「ようやく経済復興の途に着いたように見えるカンボジアですが、また過去の悲劇の爪跡が大きく残っています」というトーンにする事も可能だろう。

で、番組的には当然、後者を選択したようだ。





その是非を問うつもりは全くない。 そもそも是非の議論には全く興味がない。
  
むしろこのトーンが、今でも「カンボジアのイメージ」の世間知的マジョリティをガッチリ占めているのだ、という事実を再認識させて頂いた、という意味で有意義だった。 

池上彰の番組でもそう取り上げられるのだから、やはりきっとこれが日本国民のイメージするカンボジアの定位置なのだ。





東アフリカにおける経済共同体形成の中核を担うと言われるケニア共和国の首都ナイロビには近代的な高層ビルが立ち並んでいる。

が、テレビ的にケニアといえば、やはりサバンナの大草原でライオンやキリンや象に歩き回っていてもらいたいし、マサイ族には横一列に並んでピョンピョン飛び跳ねていてもらいたい。

視聴者がその対象に期待するイメージというのが漠然と、しかし歴然と存在していて、ある意味予定調和的にそれに従うのがマスを相手にするメディアの基本原則、なんだろうと思う(たぶん)。

ちなみにマサイ族がサバンナ観光客の眼前ではピョンピョン飛び跳ねつつ、客がはけた後はiPadで欧米系の音楽聞いていたり、客の忘れ物をバイクでホテルに届けたりしてしまう日常を放送した番組を以前見たが(筆者的には大ウケだったw)、まあ期待を裏切る方向性があったとしてもこの向きである。


ビジネスを主目的に現在進行形のカンボジアに張り付いていると、経済が発展してきている“今”と、これから盛り上がるに違いない“未来”しか目の前に見えない。

関与するカンボジア人の老若男女や外国人はほぼ皆、その空気を共有しているし、その空気の中で交流しているからだ。



ポルポト大虐殺の時代(だいたい35年くらい前)の後に生まれたポスト・ポルポト世代の若いカンボジア人達と共に“今”と“未来”だけ見つめて前のめりにビジネスに突っ走っている今、筆者に見えている世界はおそらくものすごく狭い。


(筆者が共に働いている)彼等若いカンボジア人達が「援助してあげるべき可哀想な国の人々」に見えた事は一度もないし、むしろ語学やITなどを人並み以上に体得して、慣れない日本的会社業務を必死に覚えながら頑張っている様を日本人の若者に見せて「彼等に勝てる自信ある?」と何度聞いた事か。

カンボジアを「悲劇の歴史を持つ可哀想な国」として光を当ててくれる人々は世界中にものすごく大勢いる。 きっと歴史も踏まえた大局高所の観点から、正しいカンボジア像を“過去”から照らし出してくれているのだろう。


だったら一方で、カンボジアの“今”と“未来”だけガン見して、「ものすごく勤勉で純粋な若者達が、ひたすら前向きに頑張れる希望に満ちあふれた国」として光を当てる少数派がいても悪くない、気がする。



自分の目の前の事だけ見て語っている、かなり狭い視界からの見解かもしれないが、ある側面から見た事実である事には間違いないし、物事はいろんな側面から見て語る人がいたほうがいい、気がする。 



大局高所からの歴史的見解が多数派定説であることは当面揺るぎはしないだろうから、前のめり前向き系な少数派が多少いたところで、誰に迷惑がかかる話でもないし(たぶん)。


・・・という暑苦しい話をカンボジア起業当初からよくネタにしていたが、かれこれ6年経った今でも、筆者が変わらず少数派である事を池上彰が教えてくれた。  

まあ、とはいえ6年経った今更、改めてまた暑苦しい話をしたいわけでもないけれどw

2014/11/11

ビジネス視察的イオンモールプノンペンの眺め方(2):「カンボジア・ビジネス・パートナーズ」特集記事

先週末に発行された、カンボジアに進出する日系企業のためのBtoBガイドブック「カンボジア・ビジネス・パートナーズ」第2号。

前回ブログで、当雑誌に寄稿させて頂いた特集記事『イオンモールプノンペン開業 〜示唆に富むその舞台裏』の前半を転載させて頂いた(当雑誌編集部の許可を頂いた上で)

街の進化も流行りの話題の変化も著しい昨今のプノンペンに在住されている皆様にとっては、もはや半世紀くらい前の昔話感が否めないネタではありますが、まあその言い訳やら経緯・注釈等については前回ブログを参照頂ければ幸いです。
 
以下、せっかくなので後半を転載させて頂きます。;


<「カンボジア・ビジネス・パートナーズ」特集記事 転載(後編)>
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<開店後のにぎわい、祭りのあとの明暗>

一方、モール開業後も、かなり初期の段階からテナント事業者にとっての「明暗」が分かれてしまっている。 

飲食店、小売店、サービス店が各々、さまざまな商品・サービスを揃えて顧客の来店を心待ちにしているが、やはり全店舗まんべんなく満員御礼というわけにはいかない。
むしろ、満員御礼が続く店舗と、端から見る限りなかなか苦戦しているように見える店舗が、かなり初期の段階からかなり極端に分かれている。


イオンモールの事前の調べによると、モールの周囲5km以内に約70万人が住んでおり、月収400ドル(約4万円)以上のカンボジア人中間所得層がその78%を占める。

先述の仮計算を踏襲して、プノンペン在住日本人が約3,000人いると仮定し、仮にその7割が同じモール周囲(≒プノンペン中心地)に住んでいるとすると、その日本人在住者人数は2,100人となる。

(追記:あくまで仮の推算。 前回ブログご参照)

モール周囲人口70万人に対して在住日本人2,100人ということは、1,000人に3人が日本人、つまり0.3%

そもそものターゲットをどの顧客層に設定するか、そのターゲットに財布を開く気にさせる「内容・品質・値段・空間」を提供できているか。

日系飲食店や小売店から見て、味の好みや購買にいたる気心も分かる日本人顧客はモール周囲の1,000人に3人。
一方の997人のカンボジア人及び日本人を除く在住外国人は、多くの日系テナントにとって未知の相手であり、彼らは上記4要素の組み合わせで見える絵のピントが少しでもずれていると財布をなかなか開いてくれない。


店舗の客の入り具合は、モールが一般に開放されている以上隠しようもない。
客が入っている店と入っていない店には各々にいくつかの共通項があり、それには目に見えるものと見えないものがある。

カンボジア人およびカンボジア在住の日本人以外の外国人に尋ねても、みな口を揃えて「日本から来たモノはいい」と言う。
モールの入り口でアンケートでも取ろうものなら、来客はみな日系テナントに耳当たりの良い答えを存分に提供してくれるだろう。 

が、「Made in JapanMade by Japaneseのものは素晴らしい」という「総論」と、実際に日系テナントの店舗でおカネを出して商品やサービスを買うかどうかという「各論」の間には、筆者が感じる限りかなり大きな隔たりがある。

客が入っている理由、入っていない理由、各店舗の現状に内在している「目に見えない共通項」まで探り当てる事ができれば、カンボジアに日系サービス業として進出を考える企業にとってはかなり参考となる手がかりになるはずだ。


少しひねくれたメガネを通して見れば、開業前は現地業者の実質公開実力テストが行なわれ、開業後はさまざまな商品・サービスのぶっつけ本番マーケティングが一般公開実験さながらに行なわれているようにも映る「イオンモールプノンペン」。

 目を凝らして眺めてみると、貴重な情報が盛りだくさんの宝の山に見えて来るかもしれない。


他方、「イオンモールプノンペン」開業が周辺の“小売・飲食店生態系”に与えた影響も甚大だ。

開業直後の週末からしばらくの間、ブラックホールのように大量の周辺消費者を吸い込んだモールの影響で、周辺の飲食・小売店からは客の姿が消えた。それまで人気店だったいくつかの小型店舗には、その後いまだ客足が従前のレベルに戻らず嘆いている所も散見される。

プノンペン中心地のやや北寄り、首都の数少ない観光地の1つである新市場(プサー・トメイ)の近くに建つ「ソリヤ・ショッピングモール」。 
プノンペン初のショッピングセンターとして2002年に開業した地上8階建ての老舗ビルは、地上階のスーパーから最上階のフードコートまで10年以上の間プノンペン住民に親しまれる人気スポットだが、「イオンモールプノンペン」開業後の集客状況はと言うと、たまに覗いてみる限りではあまり芳しいとは思えない。

地上階の「ラッキースーパー」もいつの間にか店内が奇麗に改装されているが、やはり日本クオリティの「イオンモールプノンペン」を目の当たりにした後では焼け石に水。素人目に見てもその品質格差は歴然だ。
カンボジア人から見ても恐らくはそう見えるはずで、週末どちらに遊びに行こうか、で思い浮かぶ選択肢としての魅力は大きく減価していると思わざるを得ない。


イオンオープンがカンボジアにもたらしたもの>

良くも悪くもプノンペンの消費・流通に多大なインパクトを与え、ひいてはプノンペン住民のライフスタイルすら一変させてしまう可能性もある「イオンモールプノンペン」開業。

育ちつつあるプノンペンの富裕・中間層が“楽しむための消費”におカネを使い始めたタイミングとモール開業が見事に符号したのは、さすがイオンの機を見る目の確かさなのか、単なる偶然の産物なのか。おそらくその半々といったところだろう。


何にせよ、今後プノンペンを中心としたカンボジアの消費・流通を考える上で、外せないポイントとなった事は間違いない「イオンモールプノンペン」。

あくまで筆者私見に基づく、穿った(つもりの)見方だが、今後ビジネス視察目的で「イオンモールプノンペン」およびその他周辺施設を歩く際に、見える景色が少しでも変わる一助となれば幸いである。
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・・実際に『客が入っている理由、入っていない理由、各店舗の現状に内在している「目に見えない共通項」』ってのは何なのか、については全く深堀りしていない記事であるという部分は大変恐縮です。 一言では語りづらい所,、ということでご容赦を。

拙稿以外の優良記事や情報も充実している本誌「カンボジア・ビジネス・パートナーズ」。
カンボジアでの事業を検討するにあたって大変参考になる情報満載である、ぜひお手に取って諸々眺めて頂くことをお勧めしたい。

2014/11/08

ビジネス視察的イオンモールプノンペンの眺め方(1):「カンボジア・ビジネス・パートナーズ」特集記事

先週末、カンボジアに進出する日系企業のためのBtoBガイドブック「カンボジア・ビジネス・パートナーズ」が発行となった。 半年に一度のペース(3月号と9月号)で発行されているそうで、今号が2号目となる。

「カンボジアに進出を考える企業やビジネスパーソンを支援し、BtoBを主としたビジネス情報を発信するフリーマガジン」(当雑誌ウェブサイトより抜粋)とのことで、主にビジネス視察の際に多くの方々が立ち寄る在カンボジア・ベトナム・タイ相談施設窓口(JETRO等)に配布されるらしい。 印刷部数は8,000部、とのこと。




今回、この雑誌に特集記事を寄稿させて頂いたのだが、当雑誌編集部の許可を頂いた上で内容を本ブログに転載させて頂ける事になった。
(かつ弊社IT事業についてのインタビューも掲載頂いた、感謝。)


記事のタイトルは
『イオンモールプノンペン開業 〜その示唆に富む舞台裏〜』

ビジネス視察的な目的でイオンモールを眺める時に、その舞台裏に思いを馳せると示唆に富んでるような気がしますよ、、というニュアンスのつもり、だった。。

改めて眺めてみると、ちょっと恐れ多すぎなタイトルだったような気もするし(自分でつけたタイトルだが・・)、かつ開業(本年6月末)から結構時間が経っているのでプノンペン在住者的には今更感がないでもない。(一応「開業して1ヶ月半」とか「本稿執筆時現在」的なワードは散りばめておいた。)

でもまあ、これから新規にカンボジアにビジネス視察に来られる方々が主な対象読者という事なので、今更感は気にしないでいいと自分に言い聞かせる事にする。

当雑誌を入手頂ければ(もう配布されているそうなので)いつでもご笑読頂けるのだが、在カンボジア・ベトナム・タイの進出相談施設窓口までそう簡単に出向けない方々もいらっしゃるであろう、、という事で下記転載させて頂きます。

以下、転載にあたり少々注釈。
・長いので2回ほどに分ける。
・(本ブログ的に)余計と思われる部分はハショる。
・せっかくなので、いくつか言い訳追記を入れる。


<「カンボジア・ビジネス・パートナーズ」特集記事 転載(前編)>
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本年6月末、カンボジアの首都プノンペン中心地に同国初となる巨大ショッピングモール「イオンモールプノンペン」がオープン。


直後の週末には一日10万人以上を集客するという華々しいデビューを飾り、その後約1月半が過ぎた(本稿執筆時現在)。



敷地面積 約68,000㎡、延床面積 約108,000㎡の地上4階建て。駐車台数約1,400台、駐輪台数約1,600台。
規模としては、隣国ベトナムのホーチミン市郊外に本年1月オープンした「イオンモール タンフーセラドン」(延床面積 約78,000㎡)の約1.4倍に相当する。

総合スーパー及び食品スーパーからなる・・(追記: 視察に来る方々のためイオンモールの詳細な施設説明を書いたのだが長いので割愛)・・・。

人口約178万人(2013年人口中間調査)の小都市プノンペンに、巨大な非日常空間が突如出現した格好だ。
ちなみに先述の「イオンモール タンフーセラドン」がオープンしたホーチミン市の人口は約780万人(2013年現在、各種調査機関推計)。プノンペン人口はその1/4以下という事になる。

(追記:ホーチミンの1/4以下の人口しかない小都市に、ホーチミンの1.4倍の規模のイオンモールが出来ました、と言いたかった。)


「イオンモールプノンペン」の店舗情報や見どころについては、各種カンボジア関連情報誌やブログ等の個人情報発信が数多く取り上げているだろうから詳細はそちらに譲るとして、本稿ではこの巨大ショッピングモール開業前のドタバタ劇と、開業後から現在までの経緯から見える、今後カンボジアに事業進出するうえで参考になりそうなポイントをお伝えしたい。


【開業前、すでに分かれていた明暗】


モール開業予定日の数か月前から、日系テナント事業者に限って見ても約50店舗(≒約50社)にのぼる事業者が、同じタイミングの店舗開店を目指し、ほぼ同じようなタイミングでその準備に乗り出した。

日本語を話せる人材から店舗スタッフにいたるまでのローカルスタッフ採用、各種材料や備品の物流手配、店舗の設備・内外装の工事と、各企業が準備にとりかかる順番もほぼ同じ。
日系・ローカル系含むプノンペンの各種現地業者には、一斉に準備スタートしたテナント事業者から、同時期に同様な業務依頼が殺到した。 

 プノンペンはまだまだ狭い街で、さらに狭い各業界(数社しかいないレベル)内はもちろん、その業界垣根すら軽く超えて、知り合いの知り合いは皆知り合い、と言ってよい状況だ。

本稿執筆時現在、在カンボジア日本大使館に在留届を提出した日本人はようやく2,000人を超えた程度(ベトナムは9,000人以上、タイにいたっては45万人といわれる)。
在留届を未提出の日本人も多く存在するといわれ、実際の在住日本人はその倍以上の人数がいるのでは、との推計も聞かれる。 

2,000人の倍以上という推計を信じて、仮に4,000人前後の日本人が実際カンボジアに在住しているとして、さらに仮にその75%の3,000人がプノンペンに在住しているとする。

その在住者5人が飲みに集まって、そのうち誰かが語った「ここだけ話」を、その5人各々がまた別の5人との「ここだけ」の飲み会で話して・・・という事を週に1回繰り返すだけで、5週間目には在住者全員に共有される計算になる。


(追記: 5 X 5 X 5 X 5 X 5 = 3,125 > 3,000。 2回目以降の飲み会の新規メンバーは4人では、、とか細かいツッコミは割愛お願いします)


職場やカフェでのお茶飲み話も考慮すれば、情報が全員に行き渡るのに要する期間はさらに短縮される。

小さな「プノンペン村」では計算上の話だけで言うと、ほぼ全ての「ここだけ」話が、ほぼ全ての住民にあっという間に筒抜けになってしまうのだ。


実際のテナント事業者同士も、お互い言葉通り「七転び八起き」な状況の開店準備に一喜一憂しながら、同じ船ならぬ同じモールに乗ってしまった戦友同士、その苦悩を共有する。

備品や食材を輸入するのに隣国タイ経由の陸路を想定していたら、タイミング悪く5月後半に勃発したタイのクーデターと、その火の粉を恐れた出稼ぎカンボジア人就労者達の15万人を超える大量一斉帰国が重なり、タイ国境の物流が完全に停滞、届くべき備品等が届かず工事が遅れるテナントも続出。

また、そもそもカンボジア人が持ち合わせている国民性や気質によるものなのか、工事を請け負うカンボジア人労働者達に差し迫る開業日に対する“アセり”が全く伝わらず、ギリギリまでのんびりとした空気の作業現場と進捗状況にキリキリと胃を痛める各テナント業者達。

それらリアルタイム・ノンフィクションの苦悩話が、在住者を交えた懇親飲み会でも発散され、それが臨場感あふれた「ここだけ」話に変異して小さな村に拡散していく。

結果、どのテナントのどの業務はどの業者が請け負っていて、進捗はかくかくしかじかな状況らしい、という赤裸々な実態が、ほぼリアルタイムに多くのプノンペン在住者に把握され、時には酒のツマミとなり、時には営業トークのネタになり、プノンペンのお茶の間を潤す香ばしい情報素材となっていた。

関与した業者からすれば、実名を貼り出される形での一斉公開テストを衆人環視の中で受けさせられていたような状況に近い。


タイのクーデターから現場指揮監督の諸事情まで、遅延の理由はさまざまあれど、実際のところプレオープン内覧会にしっかり間に合った/グランドオープンには何とか間に合った/現時点(本稿執筆時点)でもまだ開いていない、などテナントごとに開店準備の巧拙の差がくっきりと露呈された。

実際、プレオープン内覧会にしっかり間に合わせられたテナントは数少なく、全体の2割に満たないとされる。 

結果、620日のプレオープン内覧会のあと28日のグランドオープンまでの間、もともと予定されていたソフトオープンは中止されモールはクローズ。 間に合わなかったテナントの最後の仕上げ工事に充てられる事になった。

プレオープン内覧会に開店を間に合わせ、ソフトオープン期間の営業準備までしっかりしていた優等生テナントはむしろ割りを食う形となり、その期間のため用意した食材在庫などの保管や処分に頭を悩ませたという。


それら悲喜こもごものストーリーも添えられた「業者実力公開テスト」の結果は、実質的にはプノンペン在住者の多くに実名入りで公表されてしまっているようなものだ。

多くのプノンペン在住者は一部の実体験と多くの「ここだけ」話から、これら業者のウデと実績をかなり正確に把握している事になる。
裏を返せば、業者にとって「ウデの見せ所」となる一斉テストでもあったモール開業準備業務。 そのテスト結果の「明暗」は多くの在住者に共有されているはずだ。 

今後カンボジアに店舗型の進出を考える企業にとって、そのあたりをうまく聞き出せれば、かなり有用な事前情報となりうる、かもしれない。

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そして【開業後の明暗】の眺め方について、次回に続く。。。